2010年3月25日木曜日

国立公文書館とお昼


3月末で離仏しますので、もうパリ滞在も本当に残すところあと僅か。

ここのところパリは暖かい日が続いていて、それに併せてか、僕の体調もかなり回復しました。

それでももう引っ越しの準備で国立公文書館に入り浸る時間はないので、仕方ありません、国立公文書館での作業は宿題になってしまいました。現時点で入手した史料でも十分に研究が行えますが、もっとみることができるのであれば、やはりみてみたいですね。またパリに来るしかありません。それでも文書の閲覧許可はずっと有効ですから、これさえ入手できればまたパリに来て続きをすぐみることができます。

ちなみに国立公文書館には食堂や売店のようなものはなく、1日中そこにいる場合はどこかで食べる必要があります。時間に余裕があれば、近くのカフェで済ませるのでしょうけど、時間に余裕のない僕や他の閲覧者のほとんどは、サンドイッチやお弁当持参で公文書館1階のホールでむしゃむしゃ食べています。

そこで近くのパン屋さんを少しまわってみましたが、この写真のパン屋のサンドイッチはなかなかでした。ドライトマトがはいっているのが美味かったですね。さらにこのお店、デザートが美味しいです。フロン(Flan)好きの僕としては、ここのフロンは最高ですね。他のデザートも試してみましたが、リンゴのタルトとかガトー・バスクとか、それらも美味。

それでは、あともう1回ぐらい更新できるでしょうか?

2010年3月15日月曜日

RER B線に乗って

RERはパリ市と郊外を結ぶ鉄道です。現在A線からE線まで5つの路線があります。

僕は前にも書いたように外交史料館へいくときにB線を利用していますが、客層はパリ市内、特にパリ中心部を走るメトロとはずいぶん違います。いわゆる白人はほとんどいません。アフリカ系、マグレブ系、中国系、その他の非白人層がほとんどです。その中には不法移民や一時滞在者もいるかもしれませんが、そういった人以外はフランス人です。

最初に乗るとちょっとびっくりするかもしれません。これがフランス?みたいな
でもこれがフランスの現実なんですよね。この現実を体験することって日本、特に日本の若者に必要なのではないのかなと思いました(体験というほど大げさなものではないかもしれませんが)。

というのはB線の乗客の皆さんは異文化を背景に持っている、それでもフランスで共存することを選んでいる(選ばざるをえないのかもしれませんが)人々です。日本で異文化を背景にもっている人々と交流するのは可能かもしれませんが、誰しもがというわけではないでしょう。むしろ日本は異文化を背景にもつ人々を排除する方向でここまできた(移民の受け入れに消極的なように)のですが、パリに限らず世界の多くの国や大都市では、異文化の混在と接触が日常茶飯事です。ところが日本人が圧倒的多数の社会でのみ育ってきた若者はこういった現実というか日常に接触する機会が少ないわけで、もうそれだけで国際的感覚がずれてしまうような気がします。

そのような人々と接触しなくてもいいじゃないか、そういった人たちが来ることで治安が悪くなっては困る、という意見もあるでしょう。

たしかに治安の問題は重要で、きちんと対応すべきだと思います。でも移民の人々すべてが治安を乱す人々ではないですよね。実際にRER車内では、ちょっとつっぱった風貌の移民系の若者の隣に座ろうとしたら、ちゃんとどいて座らせてくれました(僕は人を怖がらせるような風貌ではないので(笑)、もっともB線は治安の悪いとの評判の路線ではあるのですが、この1年弱の印象として10年ほど前と比べパリは治安がよくなった印象をもちました)。

僕は日本に移民をもっと受け入れろ、ということを言いたいのではありません。若い人たちにそういう世界の現実を知って、ぜひ国際感覚を磨いて欲しい、と思っています。それは、日本の繁栄を求めるのなら、いかに世界の他の国や地域の人々と共存していくかを考えることが重要であるからです。「共存する」、でもこれそう簡単ではないですね。

どうしても日本人であれば、日本を中心に考えがちです。外国との関係も、それが日本にとって利益となるかで判断しがちです。日本にとっての利益とは何なのか、についてはさまざまな意見があると思いますが、自己中心的な視点のみで発想された利益に基づいて判断するようなことをしていたら「共存」なんてとてもできないだろうと僕は考えます。

以前、日本の大学でODAに関する授業をしていたら、学生から日本は財政が危機的状況にあるのに援助をするなんておかしい、との意見がでたことがあります。日本はもうお金がありませんので援助できません、と仮に諸外国に言ったとしましょう、でも日本の街をみてそれを外国の人々に納得させるのは難しいのではないのでしょうか。日本国内でこの不況によって苦しんでいる方々がいるのはわかっていますが、たとえばアフリカから旅行できた人々にそのことをすぐに納得させるような光景があちらこちらでみられる、という状況にはないと思います。また、財政が危機的状況にあるからといって日本が援助もできないような経済的な力しか持っていない国になってしまったとはいえないですよね。日本はもうお金がないから援助できないというのは、一見日本の財政改善に役立つ日本にとって利益となる考えかもしれませんが、外国からみれば、日本は援助もできないような国に落ちぶれたか、と嘲笑され、日本は自分たちのことしか考えていないと批判されるかもしれません。これが日本にとって利益となることなのか、どうでしょうか。もっとも、援助をすること自体が適切かどうか(財政赤字云々の議論はなしで)、という議論はありますが。

さて話をフランスに戻すと、異文化との接触は新しい文化をもたらします。フランスもいつまでも日本で思い描かれている「おフランス」ではもはやありません。それがどこまでメインストリームになるかはわかりませんが、たとえばパリ東部、ヴァンセンヌにある移民史博物館では展示以外にも新しい試みとしての催しを展開しています。

ちょっと長くなりました。今日はこの辺で。

2010年3月14日日曜日

良いときもあれば悪いときもある、か

先週は週末に、もう10年ほど前にパリで知り合ったご夫婦が僕の一家を招待してくださったり、その翌日には日本での勤務先である名城大学から学会出張で渡仏された先生と久しぶりに会うことができたりとイベントが盛りだくさんで、楽しく過ごせたのですが・・・

火曜日あたりから頭がかなり痛くなり、多少の熱も出て、痛みがとれないので病院へ。
すると過労による肩こりや首のこりからくる症状ではとの診断でした。
せっかく僕がみたいと思っていた史料に閲覧許可が出て公文書館で見ることが出来るようになったのですが、しばしの休養が必要とのことから自宅で休む羽目になってしまいました。

昨日の土曜日に公文書館に足を運んで少し再開してみましたが、やはり作業をしばらく続けると頭痛が再発。頭をまわしたり、首をマッサージしながら作業していたら、隣の女性に変な顔される始末(まあこれは気にしなければいいんですけどね)。

うーん、困りました。フランス滞在期間はもうあと僅かというのに。ちょっと様子見ですね。
ブログに書こうと思っていてなかなか時間がなくて書けなかったことをアップしてみましょうか。