2010年4月3日土曜日

とりあえずのまとめ 

そういえばフランス滞在の簡単なまとめをしようと準備していたのですが、アップするのをすっかり忘れていました。ずいぶん時間が経っていますね・・・

以下まとめです。とりあえずですね。ちゃんとしたまとめは研究成果として公表したいと思います。

まず、その国を理解するにはマルチな視点が必要である、ということです。
今回の滞在はフランスですが、フランスを理解するにはフランス国内ばかりをみていては不十分で、フランスがその周辺国や、地域(欧州や地中海)、国際社会(他の地域)との間にどのような関係が築かれ、それら国際的なアクターとフランスがどのように影響を及ぼし合っているかをも考える必要があるでしょう。

しかし、これはあくまでも僕の印象ですが、上記のような視点は広く受け入れられていないと感じます。というのは、フランスを理解すること=イコールフランスの「本質」を理解すること、ととる人がいます。そこでいわれているフランスの「本質」とは、ヴェルサイユや凱旋門、エッフェル塔に象徴されるフランスにある建造物や、オルセー美術館で展示されているフランスの中で育まれた絵画や彫刻といった芸術作品、フランス料理に代表される食文化等々のようです。もちろん、そういったことがフランスの文化やアイデンティティを構成していることを否定しません。

ところが例えば植民地や移民といったことは、フランスの「本質」とみなされていないようです。植民地や移民なんてフランスの外のことだ、そんなことはフランスの「本質」ではない、というような。

そういった事をいう人たちは不毛な競争をしているような気がします。つまり、誰にもまして自分がフランスを一番理解している、一番理解しているとはフランスの「本質」を知っている、というような。

これは、なにもフランスを研究対象にしている研究者に限ったことではありません。諸外国や異文化を研究対象にしている研究者にみることができます。あいつは研究対象となる地域や文化をわかっていない、おれの方がわかっている、と同業他者に対していうような。

他人の脳みその中をすべて見ることはできないんだし、きちんと比べることできる物差しがあるかどうかもわからないんだから、自己満足以外の何ものでもないそんな競争で満足するなよ、と思いますけどね。学問というのは他人と比べてどうこうというのではなく、自分が研究対象にどれほど向き合うことのできるのか、が問われるものと私は理解しています。

ちょっと話が横道にそれました。

ですから「本質」だといって、非常に狭い視点に閉じこもってしまっては本末転倒のような気がします。自分が日本人の中でもっともフランス(ちょっと大きな括りですが)を理解している、それはフランスの「本質」を理解しているからである。フランスの「本質」とは、フランス国内で育まれてきた歴史や文化であり、植民地や移民などは「本質」ではなく「邪道」であると、いうのは「偏狭な二国間主義的視点」に陥っていると思います。

今回の滞在は、この「偏狭な二国間主義的視点」からの脱却することの重要性を感じさせられましたね。

というわけで、以後は日本から書きます(もう書いていますね)。

2010年4月1日木曜日

パリ出発と帰国

帰国しました。
パリでの1年間はいろいろありましたが、あっという間でした。

本当は帰国前に「まとめ」をしておきたかったのですが、出発前はかなり慌ただしかったので・・・
これから「まとめ」をアップしていきます。

という予告で、とりあえず。