中東は盛り上がっていますが、中東が盛り上がったおかげでメディアから(少なくとも日本のメディアから)忘れられている国があります。
西アフリカのコートジボワール。昨年の11月に大統領選挙が行われ野党候補のウワタラが当選となったものの、コートジボワールの憲法評議会はウワタラの当選を無効とし、現職のバグボを当選としてしまいました(憲法評議会のメンバーはバグボに近い人物たちで占められていると伝えられていました)。
国際社会はウワタラの当選を有効とし、バグボに退陣を求めていますが、バグボは全く退陣する気配がありません。アフリカ諸国を中心にバグボに退陣するよう説得しましたが、それでもバグボは大統領の座に居座っています。
まさに袋小路。一時は国際社会から「武力介入を」という声もありましたが、積極的にリスクを背負おうという国はなかなかありません。
そもそもバグボは大統領選挙の実施を延期してきました。ようやく実施されたと思ったらこの有様です。
コートジボワール国内はバグボ支持とウワタラ支持に二分されていますので、チュニジアやエジプトのように独裁政権に国民が一丸となって反旗を翻すということにはなりにくそうですが。
2011年2月16日水曜日
2011年2月14日月曜日
アルジェリアの教訓
実際、アルジェリアでも現在デモが発生しています。
でもその現在進行中のデモとは別に、アルジェリアの過去は、チュニジアから始まった今回の民主化ドミノ騒動で忘れてはいけないと思います。
イスラム原理主義が動く前に軍が動いた。これがチュニジアとエジプトの共通点です。
あるいはイスラム原理主義勢力を動かせないように軍が動いた、と言えるかもしれません。
過去のアルジェリアのケースは全くの逆です。イスラム原理主義が政治の実権を握りそうになってから軍が動いた。軍がイスラム原理主義勢力に対して激烈な掃討作戦を展開し、イスラム原理主義勢力がそれに対抗するという、アルジェリアは未曾有の混乱状況がずっと続いていました。こうしたアルジェリアの混乱は、宗主国であるフランスに飛び火し、パリ、RERサン・ミッシェル駅でのテロ事件等は悲惨な結果をもたらしました。
(世俗的な)軍によるコントロールを確立する。これが今回の事態のキーではなかったでしょうか。軍といっても一枚岩ではないでしょう。イスラム原理主義に近い軍関係者もいたはずでしょう。チュニジアではそういった関係者はエジプトに比べれば少ないでしょうから、エジプトの場合はその辺の見極めが難しかったのではないでしょうか。もちろんムバラクが名誉ある退任を求めたこともあるでしょうけど。
珍しく連続投稿ですね。
最近飲んだワイン


久しぶりにワインネタです。ちょっと気楽なネタいきましょう! 楽しくないとね! 文句ばっかじゃ、いやになりますよね。
それでは、最近飲んで美味しかったものを二つ。最初のがベルノドーの白、次がアラン・グライヨの赤。二本ともフランスのです。赤はローヌ地方のワイン。結構有名な作り手ですが、このキュベは初飲み。結構いけます。シラーを中心に品がよい仕上げです。でも秀逸なのは白。これは尋常ではないですね。ロワールの変わり者としかいいようのない。樹齢百年のシュナン・ブランから収量をしぼってつくられたこのワインの香は素晴らしい・・・。ノン・フィルターなので濁っていますけれど、ちまたで売っている自然派ワインなんて、いかに”自称”自然派なのかわかります。2003年で、もう飲み頃かと思って空けましたが、まだまだ・・・2003はこれだけだけなので、残る在庫は2008、うーん、しばらく飲めないなー。ちなみに二本ともお土産でフランスから買ってきたワインですが、日本でも買えます。日本で買うと結構な値段しますが、フランスで買えばそうでもないんですよ、特に白は。高いワインは美味しくて当たり前、でもワインは高いワインだけではない、が僕のモットーです。語っています・・・
2011年2月9日水曜日
こんな行政で大丈夫か?
居住地の役所で住基カードをつくってきました。
でも、できあがるまでに1時間も待たされる始末・・・
もちろん窓口が混んでいたわけではないですよ。
要は役所の担当の方が、カードの発行手続きの仕方を理解していなかったんですね。
担当の方がカウンターの後ろでどたばたどたばたしているのがみえます
さらには「ここにカードを挿入して パスワードを入力ください」と機械を僕の目の前に持ってくるのですが、パスワードを入力しようにも、その機械にはテンキーがない・・・
僕が「そっちの機械じゃないでしょうか」と指摘する始末。もちろん僕は役所の関係者でないので、どの機械が必要かは知りませんが、そんなもん素人でもわかりますよ。だって向こうの機械にはテンキーがあるんですから。
そんなこんなで、ようやくカード発行
その直接担当した方含め係の方たちは全員(といっても2名だけですが)平謝り
もちろん怒りはしませんでしたよ。なんかその担当の方が気の毒になってきちゃって。
つまり彼は複雑な手順が理解できていなかったのでしょう。そういった方を担当にしてしまうようなことが問題かなとも思いますが。
それよりもむしろ心配になりました。日本のことが・・・(ちょっとオーバーですが)
というのは、日本はこれまで個人の能力よりも集団の能力によって国際社会の中で勝ち上がってきたと思うんですね。日本人は「和」を大切にします。集団行動を優先する教育をしています(学校だけでなく社会でも)。マニュアルがあればそれにきちんとしたがって物事を正確に行うことのできる高い能力を持っていると思います。
でもフランスにいるとフランス人の個々の能力って、日本人よりも高いな、と感じることがありました。まあこれま科学的なデータによって裏付けされているわけではなく、あくまでも印象ですが・・・
卑近な例ですと、レストランです。お昼のランチ時の混んでいるとき、フランスのカフェに入ると、日本に比べると驚くほどの少ない人数で給仕人たちが忙しそうに働いています。彼らが足を止めているときはないでしょう。人数が少ないからと言って、サービスが悪いとか待たされるということは、ほとんどありません。
ところが日本にもどってみると、レストラン(食堂でもいいですが)に給仕人が多いこと。お昼時のピークでも彼らの動きは緩慢です。別に彼らが怠けているといいたいわけではありません。彼らも一生懸命やっているのはわかります。でもフランスのカフェの給仕人たちの機敏な動きをみていると、もどかしさを感じてしまいます。
別の例では、妻はフランス滞在中に、フランス人が主催する文化教室にかよっていました。そこで妻が受けた印象は、とにかくフランス人は作業が早い(教室に来るのが初めてのような人でも)。しかもそれを周りの人と喋りながらやっている。妻は妻の友人(日本人)と受けたのですが、2人とも喋る余裕はなく、黙々とこなしていた。これはフランス語ができるできないではなく(2人ともフランス語できます)、手作業の早さだと妻はいっていました。
考えてみればフランスの人口は日本の約半分ですが、GDPは半分ではありませんね。日本のGDPは中国に抜かれる云々ということが報道を賑わしていますが、もともと日本の1人あたりGDPは決して高くありません。もちろんこれが能力の差としてしまうのは無茶ですけどね。
ちょっと横道にそれましたが、要はこれまで集団の力で勝ち上がり生き残ってきた日本は、これからのさらなる高齢化と人口減で、その集団の力がかつてのように発揮できなくなってきます。
そうすると個人の能力が問われてくると思うのですが、そういった個人の能力って高まっているんでしょうか? あるいは高められているんでしょうか?
集団の能力強化からから個人の能力強化への転換。これがうまくいかなければ、日本の人口減は縮小へと向かうだけのような気がします。
でも、できあがるまでに1時間も待たされる始末・・・
もちろん窓口が混んでいたわけではないですよ。
要は役所の担当の方が、カードの発行手続きの仕方を理解していなかったんですね。
担当の方がカウンターの後ろでどたばたどたばたしているのがみえます
さらには「ここにカードを挿入して パスワードを入力ください」と機械を僕の目の前に持ってくるのですが、パスワードを入力しようにも、その機械にはテンキーがない・・・
僕が「そっちの機械じゃないでしょうか」と指摘する始末。もちろん僕は役所の関係者でないので、どの機械が必要かは知りませんが、そんなもん素人でもわかりますよ。だって向こうの機械にはテンキーがあるんですから。
そんなこんなで、ようやくカード発行
その直接担当した方含め係の方たちは全員(といっても2名だけですが)平謝り
もちろん怒りはしませんでしたよ。なんかその担当の方が気の毒になってきちゃって。
つまり彼は複雑な手順が理解できていなかったのでしょう。そういった方を担当にしてしまうようなことが問題かなとも思いますが。
それよりもむしろ心配になりました。日本のことが・・・(ちょっとオーバーですが)
というのは、日本はこれまで個人の能力よりも集団の能力によって国際社会の中で勝ち上がってきたと思うんですね。日本人は「和」を大切にします。集団行動を優先する教育をしています(学校だけでなく社会でも)。マニュアルがあればそれにきちんとしたがって物事を正確に行うことのできる高い能力を持っていると思います。
でもフランスにいるとフランス人の個々の能力って、日本人よりも高いな、と感じることがありました。まあこれま科学的なデータによって裏付けされているわけではなく、あくまでも印象ですが・・・
卑近な例ですと、レストランです。お昼のランチ時の混んでいるとき、フランスのカフェに入ると、日本に比べると驚くほどの少ない人数で給仕人たちが忙しそうに働いています。彼らが足を止めているときはないでしょう。人数が少ないからと言って、サービスが悪いとか待たされるということは、ほとんどありません。
ところが日本にもどってみると、レストラン(食堂でもいいですが)に給仕人が多いこと。お昼時のピークでも彼らの動きは緩慢です。別に彼らが怠けているといいたいわけではありません。彼らも一生懸命やっているのはわかります。でもフランスのカフェの給仕人たちの機敏な動きをみていると、もどかしさを感じてしまいます。
別の例では、妻はフランス滞在中に、フランス人が主催する文化教室にかよっていました。そこで妻が受けた印象は、とにかくフランス人は作業が早い(教室に来るのが初めてのような人でも)。しかもそれを周りの人と喋りながらやっている。妻は妻の友人(日本人)と受けたのですが、2人とも喋る余裕はなく、黙々とこなしていた。これはフランス語ができるできないではなく(2人ともフランス語できます)、手作業の早さだと妻はいっていました。
考えてみればフランスの人口は日本の約半分ですが、GDPは半分ではありませんね。日本のGDPは中国に抜かれる云々ということが報道を賑わしていますが、もともと日本の1人あたりGDPは決して高くありません。もちろんこれが能力の差としてしまうのは無茶ですけどね。
ちょっと横道にそれましたが、要はこれまで集団の力で勝ち上がり生き残ってきた日本は、これからのさらなる高齢化と人口減で、その集団の力がかつてのように発揮できなくなってきます。
そうすると個人の能力が問われてくると思うのですが、そういった個人の能力って高まっているんでしょうか? あるいは高められているんでしょうか?
集団の能力強化からから個人の能力強化への転換。これがうまくいかなければ、日本の人口減は縮小へと向かうだけのような気がします。
登録:
コメント (Atom)