
11月11日は、第1次大戦休戦記念日で祝日になっています。この日パリでは凱旋門の下にある無名戦士の墓で記念式典が行われるのが毎年恒例となっています。今年はドイツからメルケル首相が式典に参加したことが話題になっていました。これは日本でも報道されていたようですので、ご覧になった方も多いと思います。
この日式典が行われていたのは凱旋門だけではないことはご存じの方もいらっしゃると思いますが、フランス各地で第1次大戦で犠牲となった兵士たちへの追悼式典が行われます。その中でユニークな式典を一つ紹介します。
場所はパリ郊外のモントルイユ市。パリの東南に隣接し、メトロ9番線の終点がモントルイユ市役所です。
モントルイユは、アフリカにあるマリの第二の首都と呼ばれています。マリで一番人口の多い都市は首都のバマコなのですが、モントルイユはそれに次ぐ人数のマリ人が暮らしていることからそう呼ばれています。マリの大統領がフランスを訪れたときに、モントルイユに足を運んだこともあります。
このようなコミュニティーがあるのはフランスではめずらしいです。よくイギリスにはナイジェリア人コミュニティーですとか、ガーナ人コミュニティーとか、比較的アフリカの国ごとにコミュニティーが形成されています。それからの連想でフランスではどうなのかと質問されることがあります。でもフランスではアフリカの国ごとにコミュニティーが形成されているわけでは必ずしもありません。そういう点からするとマリは例外的です。どうしてマリだけそうなのか? うーん、そうですね。ちょっと調べてみますね。
話がそれましたが、モントルイユでは市長のドミニク・ボワネ(緑の党所属、上院(セナ)議員を兼職、ジョスパン内閣で環境大臣を務めた)が、今年初めての試みとして、第1次大戦に徴兵され戦死したマリ人兵士(植民地からの徴兵です、アフリカ植民地からの兵士は「セネガル狙撃兵」として有名です)をも追悼しようと呼びかけました。
そこでモントルイユではこれまでのモントルイユ出身の兵士を追悼することに加えて、マリからも11人の市長に出席してもらい、あわせてマリ人の犠牲者も追悼する式典が開催されました。ちょっと僕も式典をみてきました。写真はそのとき撮ったものです(うまく撮れていませんが・・・)。
モントルイユ市役所のホームページによればアフリカ植民地から徴兵されたアフリカ人兵士は16万にだったそうですが、そのうち犠牲になったのは3万3千400人。無視できる数字ではないですね。もちろんマスコミや世間の関心はメルケルですから、モントルイユの式典は地味でした・・・。
モントルイユ市役所のホームページの最後には、現在のサルコジ政権が進めている国家によるナショナル・アイデンティティを批判しています。
このナショナル・アイデンティティの問題はフランスで盛んに議論されていますので、またいずれの機会にご紹介したいと思います。